東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)185号 判決
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決の理由の要点についての原告主張の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件審決を取り消すべき事由の有無について判断する。
(一) 取消事由1について
原告は、本願発明が、「ひだ寄せ工程」のみをその構成とするのに対し、引用例に記載の方法はひだ寄せ工程を行つたあとラム圧縮工程を行うことを必要とする点で構成の差異があるのに、審決は、本願発明の要旨の解釈及び引用例に開示された技術内容の認定を誤り、本願発明と引用例との対比で判断を誤つた旨主張する。
1 まず、本願発明の必須の構成要件について判断する。
当事者間に争いのない本願発明の要旨、成立に争いのない甲第一五号証(本願特許出願公告公報)の記載によれば、次の事実を認めることができる。
人造ソーセージケーシングの製造については、従来の機械によるときは、ひだ寄せされたケーシング二・五四センチメートル当たり最大約一三五センチメートルのケーシングについてひだ寄せが可能であつたところ、この程度の密度にひだ寄せされたケーシングは更にひだ寄せ心棒上でラム圧縮され、そのようにして得られるケーシングはひだ寄せされたケーシング二・五四センチメートル当たり約一八〇センチメートルのケーシングについてひだ寄せされるものであつたが、このようなラム圧縮によるときは、得られるケーシングは密度が不均一で、心棒からはずすとねじれ易く、ケーシングに小さい破損又はピンホールを生じ、ソーセージの充填中に破損するなど欠点があつた。ところで、本願発明は、予め形成した未圧縮のケーシングに、ひだ寄せベルト又はひだ寄せ輪によつて発生する圧縮力を制限する装置であつて、この装置はひだ寄せされるケーシング一・五メートルないし三メートル当たりひだ寄せされたケーシング二・五四センチメートルの割合でひだ寄せベルト又はひだ寄せ輪から後退するように装置され、これによつて、高度に圧縮したストランドをひだ寄せ輪から離すことができ、ひだ寄せされたストランドに対する追加圧縮は殆んど不必要となつたのであつて、本願発明における装置によるときは、ひだ寄せされたケーシング二・五四センチメートル当たりひだ寄せされていないケーシング二・七メートル程度のストランド密度が追加のラム圧縮を行わないで得ることができ、その結果、ラム圧縮を行わずにストランド全体に均一な密度のストランドを得ることができて前記従来の製造方法による欠点を解消したこと、そして特許請求の範囲は、前記本願発明の要旨として掲記のとおり記載されていること。
右のような事実を認めることができ、これに反する証拠はない。右事実によれば、ソーセージケーシング製造において、従来の技術が、ひだ寄せ工程とその後のラム圧縮工程により得ていた高密度のストランドを、本願発明ではひだ寄せ工程だけで達成するものであつて、本願発明はひだ寄せ工程のみをその必須の構成要件とするものであるから、ラム圧縮工程は必須の構成要件に含まれないと解することができる。
被告は、本願発明は、ひだ寄せ工程の後にラム圧縮工程を行う場合をもその実施の態様として含み、ラム圧縮工程もその構成要件となつている旨主張するが、前記認定事実のほか次のような事実を併せ考えれば、被告の右主張は採用し難い。即ち、前掲特許請求の範囲によるときは、本願発明は、ひだ寄せ工程のみが構成要件となつていて、ラム圧縮工程は必須の構成要件とされていないことが明らかであるところ、前顕甲第一五号証の記載によれば、その発明の詳細な説明には、ひだ寄せ工程とは心棒を一定速度で後退させながらケーシングを均一にひだ寄せする工程であり、ラム圧縮工程というのは右のひだ寄せ工程によつてひだ寄せされたケーシングを更に圧縮する工程であるとして、ひだ寄せ工程とラム圧縮工程とは明確に区別し、したがつてひだ寄せ工程とラム圧縮工程とはひだ寄せケーシングの一連の製造過程で前後の工程の関係にあること、本願発明における装置によつて高度に圧縮したストランドが得られ、ひだ寄せしたケーシングに対する追加圧縮は殆んど不必要であり、ひだ寄せしたケーシング二・五四センチメートル当たりひだ寄せされないケーシング二・七メートル程度のストランド密度が追加のラム圧縮を行わずに得られたのであつて、高度に圧縮したひだ寄せストランドが必要な場合は更にラム圧縮をすることができるけれども、このラム圧縮は生成物に必要な最終圧縮度によつて、ひだ寄せされたケーシングに行つてもよく、又省略してもよいことを、認めることができ、右事実によれば、本願発明においてラム圧縮工程はいわゆる任意の工程であることが明らかであり、してみれば、特許請求の範囲と詳細な説明との間には何ら矛盾するところがないことを知ることができる。
右のとおりであつて、ラム圧縮工程は、本願発明にとつてはいわゆる任意の工程であり、これが本願発明の必須の構成要件とはならないことは、いうまでもないし、本願発明の実施の態様ないし実施例とみることはできないのである。被告が、前記のように種々主張するところは、発明の詳細な説明の記載部分を被告独自に理解するものであつて、採ることができない。
2 次に、引用例に記載の方法について検討する。
引用例に記載の方法が、ゆるくひだ寄せする工程のあとラム圧縮を行う工程をその構成とすることは当事者間に争いがないところ、被告は、右の、ゆるいひだ寄せ工程において本願発明と同一の、一工程のひだ寄せがなされるから、引用例にも本願発明の一工程の高密度ひだ寄せの技術が開示されている旨主張する。
(1) そして、右主張の根拠の一つとして、被告は、引用例中「たとえば直径23/32inのケーシングは一〇個の歯形部分を備えたひだ寄せ面を使い直径33/64inの心棒部片でひだ寄せする。このようにしてひだ寄せすると五五ftの長さのケーシングを9inに圧縮できこの場合の穴の直径は7/16in以上になる。」(前顕甲第一六号証の三、第四頁左欄一行目ないし五行目)の記載部分を挙げ、ゆるいひだ寄せ工程で五五フイートのケーシングが九インチに圧縮された高密度のものが得られる旨述べる。しかしながら、同号証によるときは、特許請求の範囲、発明の詳細なる説明及び図面の記載全体からみて、右記載部分における五五フイートのケーシングを九インチにひだ寄せすることは、ゆるいひだ寄せ工程とそのあとのラム圧縮工程の両工程によつて形成されたものと認めるべきものであるから、被告の挙げる右記載部分から、被告の右主張を肯認することはできない。
(2) 被告は、前記主張の根拠として、次に、引用例中「この細い区域に沿い約九インチの長さに圧縮するまでひだ寄せしたケーシング」なる記載がある前顕甲第一六号証の三、第四頁右欄三六行目ないし四〇行目の記載部分を挙げ、ゆるいひだ寄せ工程によつて高密度の中間の圧縮製品が得られる旨述べるので、以下に検討する。
前顕甲第一六号証の三によれば、引用例における、ゆるいひだ寄せ工程について、特許請求の範囲に、「これ等の突出部とくぼみとを縦方向に押しつぶして折重ねゆるいひだを付け」と記載され、また、発明の詳細なる説明及び図面には、「ケーシングを中空心棒上で空気圧力によつて膨脹させ、次に縦方向の小さな間隔で、ひだ寄せ輪によつて連続的にひだ寄せ力を加えて受取め面(第四頁右欄四〇、四一行目に、受取め板30とあるのは誤記と認める。)に向けてひだ寄せを行うこと、この受取め面に対するケーシングの圧縮は、心棒上にひだが付いたケーシングがたまると直ちに、又はたまる量に比例して、心棒又は受取め面を移動させて、ひだ寄せ輪と受取め面との間隔を広げることにより調節、即ち制限することができるようになつていること」が記載されていることを認めることができ、してみると、引用例の「ゆるいひだ寄せ工程における圧縮工程」は、心棒上ひだ寄せ輪と受取め面との間で行われ、心棒上のひだ付けされたケーシングがたまると直ちに又はそのたまる量に比例して両者の間隔を広げながら行われること、即ちゆるいひだ寄せ工程は管状心棒部片に対しひだ寄せ部分を移動できるようにして、ひだ寄せしたケーシングのたまる量に比例してひだ寄せ部分を後退させる技術が開示されていると認めることができる。そして、引用例における右のひだ寄せ手段は、前顕甲第一五号証(本願特許出願公告公報)により認めうるところの、本願発明について開示されている、「人造又は合成ソーセージケーシングは膨脹ケーシングに沿つて比較的短い距離にわたつてひだ寄せ力を加えられ、この間にひだ寄せされたケーシングを、ひだ寄せ力がひだ寄せケーシングに必要な程度の圧縮力をも与えるように後退させることによつて一層コンパクトで真直なストランドにひだ寄せできることを発見したことに基づく」という事実と軌を一にするものということができ、換言すれば、本願発明の基本的技術思想、技術的課題が引用例に開示されていると認めることができるのである。
そして、前顕甲第一六号証の三によれば、引用例に記載の方法において、(A)「別の操作では、長さ五五フイートのケーシングを心棒部片を使つてひだ寄せした。この心棒部片はひだ寄せ区域の次の部分の直径をわずかに細くし、この細い区域に沿い約九インチの長さに圧縮するまでひだ寄せしたケーシングの移動が容易になるようにした」旨(同号証、第四頁右欄三五行目ないし四〇行目)及びこれに続いて、(B)「心棒部片に沿うひだ寄せケーシングの移動は受取め面によりひだ寄せしていないケーシング二フイートごとに一インチの割合で遅らせた」旨(同頁四〇行目ないし四二行目)の記載があることが認められ、このことからすれば、引用例に記載の方法においても、ゆるいひだ寄せ工程で五五フイートのケーシングが九インチに圧縮されたもの、即ち換算すると約一・八六メートルのケーシングが約二・五四センチメートルに圧縮されて得られることを認めることができる。
原告は、右記載部分は、ラム圧縮工程ではひだ付けされたケーシングの内径が小さくなるため、この部分の心棒の直径をわずかに細くして、ひだ寄せしたケーシングをラム圧縮して九インチとする場合にケーシングが心棒に付着せず、その移動が容易になるようにしたとの趣旨のものであつて、ひだ寄せ工程で九インチにしたとの趣旨ではない旨述べるが、右(A)の記載部分は、これを虚心担懐に読み下すときは、そこに開示されたものは、約九インチにひだ寄せしたケーシングを心棒上を移動させる、と解するのが文脈上相当であり、原告主張のように、ひだ寄せしたケーシングを圧縮して約九インチにするためにケーシングを移動させるというものではないというべきである。そして、右(B)の記載部分は、「右(A)の記載部分において理解することができる、約九インチにひだ寄せしたケーシングの移動は、ある割合で後退する受取め面を、さらに、ひだ寄せしていないケーシング二フイートごとに一インチの割合で遅らせる」ことを意味し、右割合で遅らせることにより、遅らせないひだ寄せよりも全体としてさらに高密度にひだ寄せすることができ、その結果、後述のように五五フイートのケーシングを九インチにまでひだ寄せすることができるもの、と解することができる。そして、右(A)及び(B)の記載全体を合理的に理解するときは、右(A)の記載部分より前に記載されている実施例(原告が主張するところの、五五フイートのケーシングを約九インチの長さにひだ寄せするのに、ゆるいひだ寄せ工程ののち、更にラム圧縮工程を要したことの実施例)とは異なる、引用例の実施例には該当しないところの、別の操作における技術を開示するものであつて、五五フイートのケーシングを約九インチの長さのケーシングにひだ寄せするのを、受取め面を遅らせながら後退する過程で、ゆるいひだ寄せ工程なる一工程で行うものであると解するのが相当である。右(A)、(B)の記載部分に開示されている技術内容を右のように解すべき、妨げとなるものはない。
そして、一般に、明細書の発明の詳細な説明の欄には、当該特許請求の範囲に記載された発明の実施例が記載されているのが通常のことであるが、しかしながら、またその実施例に相当しない技術が記載され、開示されていることがあることは、当裁判所に顕著な事実であり、そのような技術をもつて出願にかかる発明と対比すべき引用技術とすることは何ら妨げられるものではないこと多言を要しないところであり、これを本件についてみるに、前記(A)及び(B)の記載部分にみられる、別の操作即ち技術は、前記のとおり、引用例に記載の方法の実施例を示すものではなくて、同実施例には該当しないところの技術ではあるけれども、右に説示のとおり、右技術をもつて引用例に開示されている技術として本願発明と対比することは、許されないものではない。
以上述べたとおりであるから、右(A)及び(B)の記載部分において開示されている技術は、本願発明と異なるところがない。
(3) したがつて、引用例にも、本願発明の一工程の高密度ひだ寄せの技術が開示されているのである。そして、以上に述べてきたところからすれば、審決が、引用例に記載の方法につき、「心棒は縦方向に後退するようになつていて、心棒を縦方向に後退させて一・八メートル当たり二・五四センチメートルの割合でひだ寄せする方法までも記載されている」とし、「ひだ寄せされるケーシングが一・八メートル当たり二・五四センチメートルの割合で該ケーシングのひだ寄せを均一に行う」とした認定、判断が誤りであるとすることはできない。
3 よつて、引用例に記載の方法では本願発明の一工程による高密度ひだ寄せなる技術は開示されていないとし、これを前提とする取消事由1は、結局、理由がないものといわざるをえない。
(二) 取消事由2について
本願発明と引用例に記載の方法とは、膨脹ケーシングの内部の空気圧の数値が、本願発明は〇・五六~一・七五kg/cm2、引用例に記載の方法は〇・四二~〇・四九kg/cm2であつて、相違することは、当事者間に争いがない。
原告は、本願発明において右の数値に限定したのは本願発明がひだ寄せの一工程でケーシングの均一かつ高密度のひだ寄せを行うことの不可欠な構成である旨主張するが、前顕甲第一五号証(本願特許出願公告公報)によれば本願明細書の発明の詳細な説明において「空気圧力が〇・三五kg/cm2ゲージ圧に減少するとストランドが非常に不規則になることが多い。」(第八頁左欄二五行目ないし二七行目)と記載されていて、本願発明の数値から、ストランドが非常に不規則になることが少ないことは理解することができ、また、「空気圧は約〇・五六~一・七五kg/cm2ゲージ圧、特に約一・二六~一・五四kg/cm2ゲージ圧がよい」(第八頁右欄二二行目ないし二四行目)と記載されていることが認められるほかは、本願発明において、前記ゲージ圧に数値を限定したことによる格別の効果を生じるものと解すべき記載を認めることができないし、数値を限定した原告主張のような理由についてもこれを首肯するに足る証拠はない。のみならず、原告主張の本願発明の奏する効果に照らし引用例におけるそれと格別の差異があるものと認むべき証拠もない。してみれば、本願発明において、空気圧を〇・五六~一・七五kg/cm2ゲージ圧にすることは、当業技術者において容易になしうる程度のこととした審決に誤りはない。取消事由2は採用することができない。
(三) 果たして然らば、本件審決が、引用例に記載の方法においても本願発明における高密度ひだ寄せ法の技術が開示されているとし、これを前提に、本願発明と引用例に記載の方法とにおける相違点である空気圧の数値について、これを本願発明のように限定したことは当業技術者の容易になしうると認定、判断をした点に誤りはないことに帰し、かつ原告主張の本願発明の奏する効果も引用例に記載の方法において開示されている前記技術内容から当然予測しうる効果の域を出ないものとみるを相当とする。したがつて、本件審決に原告主張のような違法はない。
三 よつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がないので棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
ケーシングを中空心棒上で空気圧力によつて膨脹させ、次に縦方向の小さな間隔で該膨脹ケーシングの周囲に接触する複数の耳を有するひだ寄せベルト又はひだ寄せ輪によつて連続的にひだ寄せ力を加えてひだ寄せを行う人造ソーセージケーシングのひだ寄せ法で、膨脹ケーシングの内部に〇・五六~一・七五kg/cm2の空気圧(ゲージ圧)を維持しながら、ひだ寄せされるケーシング一・五~三メートル当たり二・五四センチメートルの割合で縦方向に後退される心棒を含む戻し装置に対して該ケーシングのひだ寄せを均一に行うことを特徴とするソーセージケーシングの高密度ひだ寄せ法。